この項は、日本循環器学会/日本胸部外科学会/日本血管外科学会/日本心臓血管外科学会合同ガイドライン 「2020年改訂版弁膜症治療のガイドライン」を参照しています。
僧帽弁閉鎖不全症とは
僧帽弁閉鎖不全症(Mitral Valve Regurgitation, MR)は、心臓の左心房と左心室の間にある僧帽弁が完全に閉じないことで、血液が逆流する状態を指します。
左心室から全身に送出させるはずの血液の一部が左心房へ逆流することで、心臓のポンプとしての効率が低下します。
僧帽弁閉鎖不全症の主な原因
僧帽弁は以下に示すような構造物で形成されています。
僧帽弁は左心室が収縮した時に閉じて、左心房へ逆流しないようにします。
僧帽弁は前尖と後尖という2枚の弁(弁尖)で成り立っています。
その弁尖の左心室側に腱索が付着していて、左心室の壁一部である乳頭筋へつながっています。
僧帽弁閉鎖不全はそれぞれの構造物の変化が原因となって生じます。
部位 | 原因 | 一次性/二次性 |
---|---|---|
左室 | 左室の拡大や収縮機能が低下し、テザリングが発生 | 二次性 |
左房+弁輪 | (主に心房細動により)左房の拡大と僧帽弁弁輪の拡大 | |
乳頭筋 | 心筋梗塞による断裂 | 一次性 |
腱索 | 変性による腱索の延長や断裂 感染性心内膜炎(細菌感染による炎症)による断裂 | |
弁尖 | 変性 感染性心内膜炎(細菌感染による炎症) | |
弁尖+腱索 | 加齢やリウマチ性で弁尖や腱索が硬くなる |
一次性 or 二次性
また、僧帽弁閉鎖不全は大きく分けて一次性と二次性に分けられます。僧帽弁を形成する構造物のどの部分が原因かで分類されています。
- 一次性僧帽弁閉鎖不全:弁尖または腱索、乳頭筋の器質的異常による
- 二次性僧帽弁閉鎖不全:左心室や左心房の拡大や機能不全に伴う
僧帽弁閉鎖不全症の症状
それほど進行していない僧帽弁閉鎖不全症は自覚症状がないことが多いです。
僧帽弁閉鎖不全による逆流は、左心室や左心房に負担をかけます。負担がかかった心臓は、左心房を大きくしたり、左心室の収縮を強くすることで心臓のポンプとしての機能を維持しようといます。
しかし、心臓の変化によって維持されていたポンプとしての機能は、負荷がかかり続けると破綻してしまいます。ポンプ機能が不十分になると心不全の症状が出現してきます。
- 疲れやすい: 心臓が十分に血液を送り出せないと、疲れやすさを自覚します。
- 息切れやむくみ: 心臓のポンプとしての働きが落ちると、動いた時に息があがりやすくなったり、足や体にむくみが生じることがあります。
- 動悸: 僧帽弁閉鎖不全により心房細動などの不整脈を合併することがあります。心臓の鼓動が不規則になって利、速くなり動悸を感じることがあります。
- 心不全: ポンプ機能の低下が進行すると体や肺に水が溜まり、呼吸困難になることがあります。
心不全の症状を自覚した場合は、主治医に連絡しましょう。
僧帽弁閉鎖不全症の診断
僧帽弁閉鎖不全症は、以下の方法で診断されます。
- 聴診: 健康診断などで聴診により心雑音を指摘されて見つかることもあります。
- 心エコー検査: 僧帽弁閉鎖不全症の診断に重要な検査です。通常の心エコー検査にて僧帽弁の状態や逆流の程度を評価します。
治療方針を決める際に、経食道心エコーや運動負荷心エコーが行われることもあります。
僧帽弁閉鎖不全の重症度
僧帽弁閉鎖不全による僧帽弁逆流の重症度は主に心エコー検査で行われます。
重症度は「軽度(mild)」「中等度(moderate)」「高度(severe)」に分けられます。ごくわずかに認める程度だと微少(trivial)と表現されることもあります。
心エコー検査で重症度判定をする際にはいくつかの項目があります。
心エコー検査のフォロー
僧帽弁閉鎖不全の程度や自覚症状によって定期的な心エコー検査が勧められます。外科的治療のタイミングを決める上でも経時的な変化は重要になります。
自覚症状が乏しい場合は、以下のようなスケジュールで心エコー検査が行われます。
症状のない弁膜症の心エコー検査の頻度
僧帽弁 閉鎖不全 | |
---|---|
軽症 | 3〜5年ごと |
中等症 | 1〜2年ごと |
重症 | 6〜12ヶ月ごと ※ 症例による |
僧帽弁閉鎖不全症の治療
僧帽弁閉鎖不全症の根本的な治療は外科的な治療になりますが、軽症のうちから手術を勧められることはありません。
ただし、薬物療法しても確立したものはないため、経過を見ながらステージを判断し外科的治療のタイミングを測ることになります。
実は、この外科的治療のタイミングを測ることは意外と難しく、自覚症状がほとんどない時には勧めにくいですし、先延ばしにすると心臓がばてて治療の効果が弱くなることもあります。
最近ではカテーテルによる治療も行われるになり、複数の選択肢の中から循環器内科と心臓血管外科がチームとなって治療法を選択することが重要になってきました。
薬物治療
一次性僧帽弁閉鎖不全症に対する有効とされている薬物はありませんが、高血圧がある場合は治療を行うことで心臓の負担を減らします。また、心機能が低下している場合は、それに準じた心臓を保護する薬物治療が行われます。
二次性僧帽弁閉鎖不全症の原因が左心室の拡大や機能低下が原因とされる場合は、心臓の機能が低下した患者さんに対する薬物治療が行われます。それにより僧帽弁逆流が減ることが期待されます。具体的には、ARB、ACE阻害薬、ARNI、β遮断薬を併用して使用されます。
心房細動を合併した場合は、脳梗塞のリスクに応じて抗凝固薬が処方されます。
外科的治療
僧帽弁閉鎖不全症に対する外科的治療には以下の方法があります。
- 僧帽弁形成術
- 僧帽弁置換術
僧帽弁形成術
- 概要:
僧帽弁形成術は、患者さんの弁を修復して機能を改善させる手術です。
- 手術方法
弁尖の形を整えたり、弁の部分を縫合して強化したりします。僧帽弁と左心室をつなぐ腱索の調整を行うこともあります。
加えて、弁輪を縮めるリングを装着することもあります。
- 利点
自分の弁を使うことで弁全体の構造も残すことができます。長期的にみて僧帽弁置換術よりも問題が少ないため第一選択として考慮されます。
- 適応
特に後尖の僧帽弁逸脱病変は手術の良い適応です。弁の変形が強くないが、弁の閉鎖機能が損なわれている場合に有効です。
僧帽弁置換術
- 概要:
僧帽弁置換術は、損傷した僧帽弁を取り除き、人工弁(機械弁または生体弁)に置き換える手術です。
- 手術方法
損傷した僧帽弁を完全に取り除き、代わりに人工弁を縫い付けます。人工弁には機械弁と生体弁があります。
機械弁は耐久性がありますが、血栓ができないように抗凝固薬を内服する必要があります。抗凝固薬による副作用が懸念されます。
生体弁は血栓の可能性が低くなりますが、耐久性が劣ります。
- 利点
僧帽弁形成術では修復できない場合でも、僧帽弁の機能回復が見込めます。
- 適応
僧帽弁形成術が困難な患者さん
カテーテル治療
僧帽弁閉鎖不全症が重症であっても手術リスクが高くて外科的治療が行われていない患者さんが問題となってきました。
そこで比較的侵襲が低いカテーテルによる僧帽弁逆流の治療「経皮的カテーテル僧帽弁修復術」が行われるようになりました。
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